2008/05/29

阿吽-壱-(長澤範和×蓼沼雅紀)

以前こちらのブログでもご案内したデュオ「阿吽」の演奏会。つくば市からはかなり遠い(電車をいくつも乗り継いで、1時間30分くらいかかる)のだが、大泉学園ゆめりあホールだなんて、およそ2年前にジェローム・ララン氏のあの伝説的なリサイタルを聴いた、まさにその現場ではないか!久々にホールの扉をくぐったのだが、(何故かはわからないが)なんだか感慨深かった。やや急傾斜の暖かく良い響きのするホール。この空間で、「Mixtion」が日本初演されたのだよなあ。あの曲を初めて聴いたときのインパクトを、久々に思い出してしまった。

【阿吽 -壱-】
出演:蓼沼雅紀、長澤範和(以上sax)、渡辺麻理(pf)
日時:2008年5月28日(水)開演19:00
場所:大泉学園ゆめりあホール
料金:一般2000円 高校生以下1500円(当日各500円増)
プログラム:
ルクレール「ソナタト長調」
ラクール「デュオのための組曲」
サンジュレ「デュオ・コンチェルタンテ」
~休憩~
松岡美弥子「brisa marina」
永嶋咲紀子「AEOLA」
江原大介「Coloring time」
~アンコール~
「熊蜂の飛行(!?)」

そもそもどういった経緯でこのデュオが結成されたのか、ということは、大変興味があることだが、蓼沼さんと長澤さんは出身校こそ違えど同年代ということもあるし、まあ元々のつながりが無いというほうがおかしいのだろうな。

阿吽、という言葉の通りの息の良くあったデュオで、一曲目のルクレールからすっと引き込まれた。もともと、かなりポリフォニックな書き方をしてあるアレンジだが、ホールの響きと相俟って、1+1が3にも4にもなるような音の拡がりと重なり。よくハモった和声が、あちらこちらを飛び交っていた。

お二人の音色の捉え方は、最近の傾向…基音を細めに作り、倍音レベルでハモらせる…とは違い、基音からしっかりと豊かな響きを構築していこうという意思を汲み取ることができる。こういう時代にあっては珍しいが、例えばそれはヴィブラートなどにも現れており、何気ない旋律の吹き方一つを聴いても素敵で、なんだか嬉しくなってしまった。

続くラクールも、集中力の高い佳演。4つの楽章から成っている作品なのだが、楽章ごとのカラーがヴィヴィッドに出現して、なかなか面白かった。第3楽章のフーガなんて、まるきりバッハの「トッカータとフーガ」のフーガ部分の主題そのままですね。第4楽章も、レント→コン・ブリオといった感じの、お約束。全体の音運びの難しさは、いかにもラクール。高難易度であるため、取り上げられることは少なそうだが、良い曲だなあ。ラクールで高まった集中力が、サンジュレの響きで一気に開放される。誰が聴いてもサンジュレと分かるようなお馴染みのサウンドに、ピアノと2本のサックスが奏でる喜びに満ちた旋律線。音楽を演奏する喜び&聴く喜び。

休憩を挟んで、3つの新作が披露された。すべて2本のサクソフォンとピアノのための作品で、どんなものが出てくるのか内心ドキドキだったが、意外にも(?)誰の耳にも優しい、美しい和声法や対位法、リズム遊びを駆使したものだった。特に、最後に演奏された江原大介さんの作品は、中間部にジャズ風のパンチの効いたセクションが配置されており、2ndの長澤さんパートがアルトからテナーに持ち替え、ブイブイ言わせていたのが印象的。江原さんの作品のみならず、どの作品も、再演されて然るべきかもしれない。

そうだ、ピアノの渡辺麻理さんもなかなか素敵だったことを付記しておこう。サンジュレでの、ピアノの発音構造は弦だ、というような、面白い音色に耳を惹かれた。委嘱作品も、これだけの新作があればこなすのは大変だとも思うのだが、果敢にこなしていたことには、もっと拍手を送るべきだろう。

終演後、思わぬ方に再会。というか、まあ良く考えてみれば納得なのだが、まさかこんなところで会うとは思っていなかった…というのは、お互いさま(笑)。

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今日の演奏会、蓼沼さんからの依頼でルクレール、ラクール、サンジュレの曲目解説を執筆させていただいた。修正しては送ることを何度か繰り返したのだが、最終校訂の反映が間に合わなかったのだ。こちらに最終校訂版を公開しておく。

Jean-Marie Leclair「Sonate en ut」
 バロック音楽の時代に活躍したフランスのヴァイオリニスト・作曲家のジャン=マリー・ルクレール Jean-Marie Leclair(1697 - 1764)は、そのヴァイオリンの腕前もさることながら、作曲家としてこの楽器のために80近い作品を書き、フランスにおけるヴァイオリン楽派の基礎を築いたと言われています。特に49作品に及ぶ通奏低音とソロのためのソナタは、その洒落た雰囲気から、現代でも取り上げる奏者が多いと聞きます。
 本日演奏される「ソナタト長調(Sonate en ut)」は、ルクレールが2挺のヴァイオリンのために作曲した、12曲のソナタのうちの1曲。この作品の明快で軽やかな響きに着目したフランスのサクソフォン奏者、ジャン=マリー・ロンデックス Jean-Marie Londeix(1932 - )によって編曲され、現在ではサクソフォン・デュオのための大切なレパートリーの一つとなっています。

Guy Lacour「Suite en duo」
 プロフェッショナルを目指すサクソフォン奏者の多くが、そのキャリアの初期に取り組むべき課題である「50のエチュード」と呼ばれる教本の存在を知る方も多いことでしょう。同エチュードの作曲者であるギィ・ラクール Guy Lacour(1932 - )は、プロのサクソフォン奏者としてキャリアをスタートさせ、独学で作曲を学んだという異色の経歴の持主。1952年、当時のクラシック・サクソフォンの世界最高学府、パリ国立高等音楽院のマルセル・ミュール Marcel Mule(1901 - 2001)のサクソフォン・クラスを、一等賞を得て卒業。その後師のミュール率いるサクソフォン四重奏団にテナーサクソフォン奏者として参加、そのほかベルリンフィル、パリ管弦楽団などの著名なオーケストラにサクソフォン奏者として招かれています。この経歴を辿るだけでも、ラクールは演奏家としての十分なキャリアを積み重ねていったと言えるでしょう。
 ところが、サクソフォニストとしての名声にもかかわらず、ラクール自身は作曲の専門家を目指していたようにも感じられます。1960年代から70年代にかけてサクソフォン協奏曲「ジャック・イベールを讃えて」や「サクソフォン四重奏曲」を手がけ、1992年には作曲に専念するため、演奏活動から引退したほどです。
 1971年に生まれた「二重奏のための組曲(Suite en duo)」は、サクソフォン奏者ジャック・メルツァー Jacques Melzer(1934 - 2006)とローランド・オードフロイ Roland Audefroy(1930 - )のために書かれました。当時ラクールは、メルツァー、オードフロイ、そしてジャン=マリー・ロンデックスとともにフランス・サクソフォンアンサンブルEnsemble saxophones de françaisというグループを結成しており、彼らの交友関係からこの作品が生まれたのであろうことは、容易に想像がつきます。曲は4つの楽章からなり、サクソフォン・デュオのほかオーボエやクラリネットでの演奏も想定されているそうです。

Jean-Baptiste Singelée「Duo concertant, op.55」
ジャン=バプティスト・サンジュレ Jean-Baptiste Singelée(1812 - 1875)は、19世紀ベルギーはブリュッセル生まれのヴァイオリニスト・作曲家。同じくベルギーの楽器職人、アドルフ・サックス Adolphe Sax(1814 - 1894)によって、このサクソフォンという楽器が誕生したのが1840年代と言われているくらいですから、サンジュレはサクソフォンのオリジナル作品を手がけた最初期の作曲家の一人ということになるでしょう。
1850年代、フランスのパリ音楽院にはサクソフォンを学ぶための世界で初めてのクラスが開設され、アドルフ・サックス自身がそのクラスの教授として招かれました。このサクソフォン・クラスの卒業試験課題曲の作曲を手がけていたのが、ほかならぬサンジュレだったのです。新参者の楽器のためのオリジナル作品がないことに頭を悩ませたアドルフ・サックスが、同郷の作曲家であるサンジュレに、試験のためのオリジナル作品を委嘱したであろうことは、想像に難くありません。サンジュレはその後もサクソフォンのために30近い作品を提供し、サクソフォン黎明期における発展の一翼を担ったと言われています。
「デュオ・コンチェルタント作品55(Duo concertant, op.55)」は1858年の所産。ソプラノ&アルトサクソフォンとピアノのために書かれた、3楽章形式の簡素な作品です。サンジュレと同じく、当時サクソフォンのためにオリジナル楽曲を提供した作曲家の一人、ジャン=ジョルジュ・カストネ Jean-Georges Kastner(1810 - 1867)に捧げられました。

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